まず、「文字を作る」ということは個人でも集団でも意図的に作ることはできないと私は思っている。なにかの名前を生み出すことはできるが「あ」や「a」を作るのは難しい。
言感から作られているとは思わないし、名前を作るのはなにかモノを仕上げることと似ている。
人間社会という複雑な中で、自然に生まれたのだと考える。
「a」がすべての人に「a」と使わせたとしても別の人は「吾」に使うようになった人もいれば「I(ai)」と使った人もいるだろう。
同じベースを並べたとしても複雑化していく中で変化や音の組み立て方は違うようになってくる。
なので一概に文字を作るとは言えないのだ。

文字よりも言葉の方が整形は簡単なように思える。
名前や商品名がいい例だろう。
文字は何年もかけて人に浸透させることが重要なのだ。
ニュースキャスターの安藤優子さんが書かれた本
ひるまない (Grazia Books)
の中でこのような文があります。

日々の積み重ねが、いつしか自分の“らしさ”になっていくと思うの。
だからそこはゆずれない。言葉はその人を作るっていうのが私の持論でね、その人の口にした言葉がその人の一日を作り、一週間を作り、一年を作るんですよ。
言葉がその人自身を決めるのだから、そのときどきに使う言葉は考えて考えて余りあることはないと思う。
まして私たちは公共の立場で言葉を発するのですから、真剣にならざるを得ないです。